ジンシャリ Vol.46
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【表紙の1枚】 佐治川石「肅山」(C-024)
鳥取県を流れる佐治川で採取された佐治川石の水石。
丸みを帯びた隆起が高低差をもって連なることで、水墨画に描かれるような深山の情景を想像させる。
険しい山を意味する「粛山」の銘がつけられている。
https://www.bonsai-art-museum.jp/ja/collection/c-024/
展示の裏側
~水石の身近で奥深い世界
当館では、暑い真夏のさなかに涼を呼ぶ毎年恒例の企画展「山水涼景~水石の世界」(一般社団法人日本水石協会 令和5年7月21日〈金〉~8月30日〈水〉)を開催いたします。今号の「展示の裏側」では、この「水石」と呼ばれる鑑賞石にまつわるお話を紹介します。
水石というと、難しく思われるかもしれません。しかし、子供のころに、川原などに転がっている石を拾い、何かの形に例えて遊んだ経験は誰にでもあるのではないでしょうか。
山のような形をしていれば「山形石」となり、水の流れのような白い筋が入っていれば「滝石」となります。水盤に砂を敷いて、水石を据えれば海原に浮かぶ島に見え、盆栽と共に山形の石を飾れば山里の景色を表現できます。このように、石の形や模様などから自然の景色を見出すのが水石です。小さな石に雄大な景色を感じられるという点で、盆栽と水石の鑑賞には共通点があります。
このように考えると、水石を身近に感じられると思います。今お読みになっている皆様も、川原に行って、自分好みの石を探してみてはいかがでしょうか。その際は、土地の所有者と採石の可否を良く確認し、自然への配慮を忘れず、安全を確保したうえで行ってください。
水石は元々川原に転がっていたものであり、何かの形や景色を見出した人が拾い上げてきたものです。自然が作り上げたそのままの形状を尊び、人が加工することは、石の価値を下げることにつながります。このため、人が手を加えていない石を「うぶ石」と呼び、高い価値を与えています。
ただし、拾ってきたばかりの石と長年伝わってきた石では味わいが異なります。その味わいを生み出すことを「養石(ようせき)」と言います。丸みを帯びた石であれば、長い年月をかけて手の平などで撫でて磨くことで、使い込んだ愛用品のように表面が艶やかで、滑らかな表情を生み出します。ほかにも盆栽と同じように、石を屋外に置いて日光に当て、時々水をかけるということをします。何度もこれを繰り返すことで、古びた趣がでてくるのです。
水石を飾る際には、石に水を含ませることがあります。「水保ち」と言われ、良い水石ほどしっとりとした肌合いを見せてくれます。当館では、開館直前に展示している水石に水をかける場合があります。一味違った水石が見られますので、開館後すぐに来館してみてはいかがでしょうか。
水石は涼やかな印象を与えてくれます。ぜひ展示をご覧いただき、目でも涼やかな気分になってもらえればと思います。
職人のしごと
夏の仕事~水やりの極意
夏の盆栽職人の仕事といえば、何をおいても重要なのが水やりです。小さな鉢に植えられた盆栽の水やりは、一筋縄ではいきません。修行のはじめは「水やり3年」といわれるほど重要な盆栽職人の技術を、本号ではご紹介します。
盆栽の水やりは、冬場は1日1回程度ですが、夏場は1日3回以上行います。朝・昼・夕方の水やりをどんなタイミングで、どれだけの量をやるかについては、職人の経験や知識が重要です。季節や天候に加え、落葉樹か常緑樹か、樹種、樹齢、植え替えからの年数、鉢の形状など、盆栽ごとに特徴やコンディションは異なり、それを見極めて水やりをする必要があるからです。
例えば、生長期に大量の水を吸い上げるモミジなどの広葉樹と、冬にも落葉せず、葉からの蒸散を行う真柏などの針葉樹では、季節による水量の調整の仕方が異なります。同様に、他の落葉樹に先駆けて花芽を生長させる梅、本来は高山に自生する五葉松など、樹種の特性ごとに水の量やタイミングを変えなくてはなりません。
また、「返し水」という耳慣れない言葉があります。盆器は浅く平たいものが多く、齢を経た樹木の根が全面を覆うように張っているため、奥底の根にまで水が浸透しにくい状態です。このような盆栽に水をやみくもに与えても、外側に流れ落ちるばかりで鉢の底まで水を届けることができません。そのため、一度水を与え、少し時間をおいて再び水をやります。このような仕方を「返し水」と呼び、回数を分けることで水を全体に行き渡らせることができます。
最も気を抜けないのは、植え替え直後です。根の一部を切られており、人間でいえば手術後の状態です。根からの吸水作用が十分に働かないため、「葉水」を与えて葉からも水を吸収させます。さらに、水苔を敷き詰めるなど、土が乾ききらないように工夫します。
植物の世話は動物のそれよりも楽なのではないか、と思っていた方もいるのではないでしょうか。しかし、特殊な環境下で栽培される盆栽は、想像以上にデリケートです。当館の盆栽技師は頻繁に庭園や展示室を巡回しています。一点一点の盆栽の「声」に耳を傾ける。この絶え間ない努力が、盆栽の命と美しい姿形を保つのです。
サポーター通信
ミュージアム・サポーター誕生!
今年度より、これまでボランティアとして活動してきたメンバーと「さいたま国際盆栽アカデミー」(以下、盆栽アカデミー)の中級修了者の有志の方々で結成した、「さいたま市大宮盆栽美術館ミュージアム・サポーター」(総勢39名)が新たにスタートしました。
盆栽アカデミーは盆栽文化の普及を目的に大宮盆栽美術館が主催するプログラムで、そこで盆栽の仕立て方や育て方の基礎を学んだ方々がサポーターに加わることにより、盆栽の知識も深まり、パワーアップした活動が期待できます。
活動内容は、①来館者へのガイド、②ワークショップでの講師の補助、③小学校の校外学習へのガイド、④盆栽アカデミーでの講師の補助、などです。
コロナ禍での制限が緩和されれば、来館者へのガイドも本格的にできることでしょう。素晴らしい盆栽とともにミュージアム・サポーターが皆さんをお待ちしています。ぜひ、足をお運び下さい。
(ミュージアム・サポーター 宮本由美子)